クロアチア旅行紀 3日目。ドブロブニク
2008年 06月 03日
3日目。遂に目的地のドブロブニク入り。前日鍵が無くなって開かずの間となった出入口ではなく、カーテンの後ろにあった隠し扉からこっそりチェックアウト。コルチュラ島から、バスでドブロブニクに入ります。途中フェリーで島越えをして、正味3時間半。バスの中でうつらうつらしてたらもう着いちゃいました。
バスを降りるとおばちゃん達のプライベートルームの客引きに囲まれる。まあどこかに泊まるつもりではいたので、交渉する事もなく最初に話しかけてきたおばちゃんのお宅へ。
おばちゃんは気さくでいい人だったし、部屋は綺麗だったんだけれどね…。水周りが、宿とは思えないくらい、生活臭漂ってました。一家4人みな一緒に使ってるのね…。
前にも書いたけれども、クロアチアのプライベートルームはSOBEと言って、自宅の空き部屋を開放している事が多いみたいです。確かに当り外れは大きいみたい。なんだかんだ言いながら3泊した頃には慣れてしまったけれども、おそらく女性では無理!というレベルだったかと。
ドブロブニクは、海岸近くにあった島を城壁で囲んだ街。後に島と海岸を埋め立てして半島の形なったそうです。驚くほどたくさんの観光客が来ていて、ツーリスティックな街になっていたのには、ちょっと拍子抜けしたけれども、それでも綺麗な街でした。
ここの観光の目玉は、街を囲む城壁ということで早速城壁一周の旅。
入場料:50Kuna(約7EUR )です。
最後は壁沿いの旅行客にもよく見える建物の中に捨てられたカタログか何か。1980年とは、反ナチスのパルチザンの英雄でユーゴスラビア建国の父であり、ユーゴスラビア分裂後は独裁者と後ろ指刺されるようになった、ヨシップ・ブロズ・チトーが亡くなった年です。その後のユーゴの歴史の悲惨さは言うに及ばず。無言のメッセージでしょうか。
by isaogermany
| 2008-06-03 06:16
| 08/Mai クロアチア